昭和の忘れもの。

1960年生まれの青ん坊語り。

久しぶりの御茶ノ水

中央線に乗り込む怪しいマスク男w

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 ひさびさ、御茶ノ水に行った。f:id:aonbo:20200622210310j:plain

行って驚いた!

 

なんだこれ?

 


御茶ノ水 2020年6月の自粛明けの休日。

 

おびただしい数もウクレレw

給付金で買っちゃう?

 

いやいや、、オレは無理w

 

買ったのはこっち。

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見てもよくわからない人は、こちらのデモ動画。

ちっちゃくて軽くてナイス!

 


Jim Dunlop Cry Baby Mini Wah CBM95 Quick Look pedal video demo

 

これで当分は遊べるわw

まだまだライブだセッションだって無理そうだし。。

 

はぁ。。

 

おまけ。レレポール??

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遠くに行きたい?生活が苦しいのに?

今週のお題「遠くへ行きたい」

 

今年の秋には仙台へ行く予定があった。

楽しい演奏旅行にしようとうちのツマさんと、音楽仲間と計画していた。

 

そんな最中にコロナである。

 

 

もちろん日々のニュースで本当に大変な人たちの話が流れてくるから。

もっともっと大変な、「今日のご飯が食べられない」、「住むところが無い人」のことがたくさんいるのはわかっている。

 

とは言え、今までの生活で、ギリギリだった私は、毎月数万円の貯蓄を切りくずしながらなんとか生活できているのも事実。

 

とりあえず生活できているんだから文句言うな、と言われればそのとおり。

 

しかし、行政の対応のまずさ、遅さにはあきれるばかり。

 

この国で働く人をざっくり分けて

1割の富裕層、2割の中流、5割の庶民、2割の貧民としたなら。。

庶民の中の困った層にいる私は、今日、明日食べるご飯に困ってはいないけれど、苦しくなっているのは間違いない。

 

で、国(自治体)は今日のご飯に困っている人にどれだけ手を差し伸べたのか?

今日寝る場所に困っている人にどれだけ手を差し伸べたのか?

&食べるもの、住むところに困ってはいないものの、自粛生活の中、家計をやりくりして、貯蓄をくずしながら、しのいでいる人たちにどういう手を打ったのか?

 

「収入が半減したのなら手続きしてください」

 

え?3割程度減った人には手当なし?

家族の総収入が減った人には手当なし?

 

確かに1人10万円の給付はたすかる。

助かるけど、3月、4月、5月、6月の収入のマイナスはとてもじゃないけど足りない。

4ヵ月で10万って1日820円ほど。。

 

もし3月の下旬に届いていたなら、4、5月の自粛期間の足しにはなったけど。

なんだか4ヵ月で減った貯金を補って終了?の10万円が手元にきても、第二波がこないことを祈るばかり。

 

幸い、今のバイト先は倒産もしてないし、解雇も無いから、これはこれでありがたいけれど、1割の富裕層と2割の中流の人たちには、こんな話興味無いでしょう。

 

現代の日本社会の中で「それは、あなた自身が悪いんだよ。今まで努力してこなかったからだよ」と言う言葉ほど弱者に残酷なものはない。

 

こんな愚痴を吐く場所も、ネットの隅にしかない。

 

コロナによる緊急事態宣言は解かれたものの、今年は旅行に行く余裕なぞ無いのが実情だ。

 

「遠くに行きたい」という気持ちを忘れていたよ。

 

Go to キャンペーン?

少しは観光業界はにぎわうのかな?

夏にはどれだけの人が、お出かけするんかな?

 

ほんと第二波が来ないことを祈るばかり。

 

政治の話は必ず熱くなる?

芸能人の政治的発言が話題になる。まぁ影響力あるから話題になるのは当然。

 

でも大元は、「政治の話はタブー」と言う一般市民に浸透している文化(風習?)の問題かと思う。


基本的には【政治の話=暮らしの話】

生活の中で当然あっていいことだと思う。

 

言うなれば、とっても身近な話。


今の政治の悪い部分、ひどい部分を聞きたくないと言う心理の中に

「聞いてもしょうがない」

「誰がやっても大差ない」

「熱く語られてドン引き」

「知らない方が幸せ」

みたいなものまで入っているのか?なんて思えることが少なくない。


確かに政治の話になるとヒートアップしちゃう人は多い。そんな時に黙り込んだり、反論したりすると「もっと勉強しろ!(考えろ)」とか、「おまえは全然わかってない!」なんて全否定されちゃうとか。。そんな事が過去の経験足として少なからずあったのかな??

 

熱くなってしまう人には

「ヒートアップして話すと、相手は聞いてくれない」と言う会話の基本を思い出してほしい。

だから政治の話をするときこそ、極力熱くならずに、通常の話ぶりの延長上で話してほしい。

 

例えば「消費税があるから、今の社会保障があるんだよ。100%満足できなくてもさ、国はちゃんとやってるんだよ」

と言う人に「でもね、みんなが払ってる消費税の8割近くは社会保障に使われてないって話も聞いたんだよ」となったとする。

 

「その話ってテレビのニュースでやってたの?ネットで見たの?」と、フツウに話し合えないものかな?「じゃぁ今でも見れる?」みたいな感じで話を深めていけばいいんじゃないかな?

 

基本的に私は指示政党はもたない。

 

だけど政治家のやってる事で、まずいなぁと思えば批判はするし、選挙の時は自分なりに調べて自分で判断して投票に行く。

 

与党だったり、野党だったり、無所属だったり、過去に投票した人で政党の一貫性はない。

 

 

過去の政権のイイと思ったことも否定してないし、後からわかって、実はよくないと思ったことはそのまま言う。

 

そういう素直に感じたことを誰もが話せる場がもっとあればいいと思う。

 

仮に「公文書改ざんについての記事を読んで、ひどいと思う」と言った時に
「いやいや、あれは〇〇側の一方的な話でね、、実は・・」と話をされたら、ちゃんと冷静に聞くつもりもある。

ましてや自分と違うからと言って、一概に頭から否定する気なぞ毛頭ない。

 


憲法改正の話でも「改正の草案には〇〇と書いてあるから、私はまずいと思う」と言えば、それに対して「いやいや、〇〇にはこういう大事な意味がある」と話してくれたらいいのにと思う。


言論の自由は保障されているんだから、いろんな人がいろんな意見、いろんな情報収集してきて、その上で意見を述べることが大事だと思う。

 

もちろん立場変われば意見も違うでしょう。

でも立場上言えないことって何なんだろう?と、立ち止まって考えてほしいところはたくさんある。


「所得が低いと消費税は負担なんだ、だから撤廃してほしい」って気持ちも、それはそれ。

所得税法人税)をこれ以上取られたら何のために働いているのかわかりゃしない」というのも、それはそれ。


いろんな人のいろんな話を聞くことから始めないと民主主義どころか、今の社会が成り立たない。

 おまえは右か左か?敵か味方か?搾取するのかされるのか?みたいな話ばかりでは話が先に進まない。

 

何より、たくさん話をすると、自分と違う境遇の人の側に立つこともできるでしょうし、そういう話から、どこに向かっていってほしいのか?を改めて考える機会になると思う。


民主主義の原点というか、スタートのように思う。


一番よくないと思うのは「あなたはわかってない!」と、詳しい方が勝ちみたいな風潮かなぁ?

 

意見が違う同士でも、冷静に話をすると「そういう教育を受けてきたのか」「そういうニュースを見たのか」「そういう噂を信じていたのか」などなど誤解も解けてくるんじゃないのかな?

 

特に今は結論が短絡的で、想像力の欠如をことあるごとに感じるので、ひとつの記事とか、意見を聞いて「これはいい!」「これはだめ!」と結論付ける前に(相手側はなんて言ってるの?それ聞いてから考えてみよう)と言う余裕(フトコロ?)が欲しいと思う。

 

 そして、、現状わかってないなりに、知ろうとしている人に「ひどいとわかったら、怒れ!」と強要するのは逆効果だと思う。

(自分で怒っちゃうのは仕方ないとしてね)

 

なんか、大きい声で怒った方が勝ちみたいな風潮は無くならないもんかな?

 

 怒鳴られて黙った人たちは、相手はけっして納得してないって事を忘れちゃいけないと切に思う。