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昭和の忘れもの。

1960年生まれの青ん坊語り。

【スポ根漫画:野球編①】

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昭和のスポーツ番組と言えば相撲と野球とプロレスだった。

大人たちだけでなく少年たちはスーパースターの活躍に夢中になった。

少年たちは空き地を見つけては野球をやった。

雨の日は野球盤もやった。三角ベースという路地裏のミニ野球ごっこは全国的に同じ名前で普及してたのかはわからないが、よく近所のともだちと三角ベースをやって楽しんだ。

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そんなわけで野球漫画は常に身近で多くの少年たちに読まれた。

 とにかくがんばって、がんばって、勝利を手にする!

弱いチームが強いチームに勝つ!

これがスポ根の王道。その中でも野球はど真ん中。

少年たちにとってのスター=プロ野球選手。

夕方ボールが見えなくなるまでキャッチボールをしていた少年たち。

父が休みの日に親子でキャッチボールをしたり、野原で集まって試合をしたり。

当然野球漫画はヒットした。

 

始まりは「スポーツマン金太郎」あたりだろうか。

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サラリーマン金太郎はこのタイトルから来ていたのかな?といまさらながら思うw)

寺田さんのエピソードはいろいろとネットでも読むことができるけれど、それらを読めばわかります。子ども達に元気を与えるために、がんばる人を応援するために描いていた人ということです。それが漫画の意義だと信じていた人だってことがよくわかります。虐待、いじめ、エロス、もちろんテロも出てきません。まっすぐに生きることを描いてくれています。

 

60年代に入ると、ちばてつや先生の名作「ちかいの魔球」が登場。

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 「魔球」ブームの始まりと言っていい。

しかし、ちば先生の漫画のすばらしいところは魔球のなんちゃらではない。

 

心理描写のすばらしさにある。

 

主人公が帽子を深くかぶって、下を向き、握ったこぶしが少しゆれる。

これだけで読者は「泣いているのか?」「落ち込んでいるのか?」

と「読む」ことができる。いや、当時の少年たちはみんな「読む」ことができた。

当時大人たちが観ていた映画の中の1場面のような風景描写もあるし、そのコマを見た少年たちは、時に季節の流れを感じ、時に時代の一片を垣間見た。

 

 まだ白痴化していない子どもたち(私たち)にはその場面にいる人物たちの気持ちを理解できた。(少なくとも理解しようとした)

 

それがあの大ヒット漫画の登場で変わってしまうのですね。

 

(つづく)