人の" 成長 "の様をニーチェがツワラトストラになりかわって言ってたのを自分のギター暦になぞって振り返ってみた。
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①「汝なすべし」という定言命令(自己に課せられた責任や義務)を背負い、力強い足どりで荒涼とした砂漠を孤独のうちに歩み行く強靭な精神の象徴が駱駝。
つまり「さーこれやろう!」という仕事とか、部活とか、ライフワークとか・・やり始めるときは、強い気持ちはあるものの、ひたすら砂漠を孤独に歩くというもの。
時には修行と呼ばれたり、体育会系では基礎体力作りと言われたり、まぁ基本練習をひたすらやるだけみたいなものにあたるのかも。(ニーチェは精神的なことを言っているけど)
②強靭な精神はこれに飽き足らず(意思が弱いとラクダのままで挫折して終わるw)持て余す力から「我欲す」という雄叫び(あーもっとやりてー!とか、たのしー!みたいな)とともに自己を束縛するありとあらゆるものへの闘争(自己超克への闘争)に挑み続ける獅子に変化します。
ええい!寄るな。寄らば斬るぞ!とか、「もっと強いヤツはいないのか?」みたいなw
③既成概念や既存価値の象徴「黄金の竜(キリスト教的善悪二元論道徳や、精神の創出者にして大いなる理性であるところの身体性を否定するかのような禁欲主義など)」との闘争によって打ち克った自由を謳歌しつつ、なおも創造の遊戯を続けるためには忘我のまま無垢なる遊戯に高じる子供となる必要がある。
無邪気や忘却や遊戯は忘我(無我夢中)のままの無垢なる戯れを意味します。(イメージ的には子供が夢中になって何かを作っては破壊するような遊びです。)
今ある目の前のものが椅子と机だとしても、思いつくままに上にのぼったり、下をくぐったり、はたまた椅子と机でパズルを作ったり。壊した部品で遊んだり、はたまた違う形に作りなおしてみたり。そんな感じ。
つまり創作。思いの具現化。
人が行うことの最終形は自己表現。
そんなことを言っているのではないか?と。
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まとめると。
はじめは砂漠を歩くラクダ。
西も東もわからないまま、ただただひとつの方向へと歩くラクダ。
ラクダが歩いて歩いてたどりつくのがジャングル。
で、そこでラクダは獅子(ライオン)に。
- 獅子は強くなったのを誇示したくてまわりにいるものを襲う。草木はなぎたおす。もっと強い相手を探して挑む。そして獅子はひとしきりあばれた後にジャングルを出る。(傷つけることもあるんだろう)
そうした後に、こどもになる。こどもは自由だ。
既成概念にとらわれずに遊ぶ。
ニーチェさん、こんな感じでいいんかな?うんうん。今だからわかる。
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自分が自分なりに「やり続けてきたこと」と思えることは50年以上生きてきてひとつくらいしかない。そのギター(バンド)になぞって考えてみた。
【ラクダになるまでもけっこうあった】
我流ではじめた歌とギター。
10代からロックにあこがれてギターをコピーした。
何から練習したらいいのか?なんて考えずにひたすらいろんな曲をコピーした。
どう弾くのか?プロはどう弾いているのか?なんて誰にも教わらずに。
まさに西も東もわからないまま。
毎日弾いたけど、到達点も何もないまま。
これ、ラクダなんだ。
今と違って、練習ツールとして使ったのはレコードとカセットレコーダーだけ。
カラオケもなければパソコンもyoutubeもない。あるのはレコードとカセットと安いギター。
レコード買ってきて(or借りてきて)カセットに吹き込んで、何度も聞きなおしては、それになぞって弾いてみる。途中の早いフレーズがわからない。それでも何度も繰り返し聞く。弾いてみる。いわゆる耳コピ。やっとわかっても指が動かない。
つたなりコピー。誰にも聞かせることもできない。
まさに月明かりだけを頼りに砂漠を歩くラクダ。
「こんなこと続けてて上手くなるのか?」
ことある毎に自問自答。
教本を買ってきても、全然進まない。
初級編の5ページくらいやると、あとはひたすら難しくて進まない。
楽譜も読めない。そんな日々。
それでも弾いた。(ここは強い意志)
なんとか1曲通して弾けるようになって、中学の仲間に話しかけた。
先に「強い意志」と書いたけれど冷静に考えれば、少しでも上達しているのが実感できたからだろう。スキーにしたって、キャッチボールにしたって、たて笛にしたって、ちょっとずつうまくなるのがわかるのは楽しい。
そんなある日。同じ中学の同じクラスにベースをやっている奴がいて、その子(I君)の家に遊びにいった。
I君には双子の兄(ドラムとギター)がいて、その兄弟バンド3人にまざって弾いた。
「お?スモークオンザウォーター弾ける?」
どれだけ練習したことだろう?
生まれて初めて人前で弾くリッチーブラックモア。
あのフレーズから。
Deep Purple - Smoke on the Water
そして、いざギターソロ。
全然ダメだった。
家ではほぼ弾けたはずのあのギターソロ。
3人の伴奏が俺を置いてけぼりにした。
生演奏で合わせることの難しさを初めて実感した日。
それでも双子の兄のひとりがとても気さくで、ちょっと教えてくれた。
それはペンタと言う名のスケール音階。
アドリブについて少し教えてくれた。
3コードでアドリブを弾くというのを初めて教わって、その場で弾いてみた。
ちょっと弾けた。
アドリブなんて夢のまた夢と思っていたのに、ちょっと弾けた。
すごくうれしかった。
40年経った今でもあの時の嬉しさは忘れられない。
帰り道。
ずっと頭の中にあったのは「ペンタでアドリブ」
家でも繰り返し練習した。
今度会ったら、次またバンドにまぜてもらえたら、
「ペンタでアドリブ」だ!
ギターコードもかなり覚えた。
中学3年の夏休みが終わるころには「ペンタでアドリブ」があの日よりも少しだけ弾けるようになっていた。
この兄弟バンドではその後もう一回だけ弾かせてもらう機会があった。
うれしかった。楽しさを実感した。その後はなかったけれど。
双子の兄さんがすっごくうれしそうに笑ってた。I君も笑ってた。
バンドが楽しいと初めて実感した。
高校に入った。
自分の後ろの席の生徒が「バンドやらない?」誘ってくれた。
同じクラスの仲間が集まって文化祭バンドを組んだ。
高校一年の夏休み。
課題曲を決めてひたすら練習した。
人前で演奏するために。
リードギターの奴にいろいろと教わった。
曲をよく知っているベースの奴にいろいろと教わった。
キーボードはめちゃくちゃ上手かった。(彼は今でもその世界で活躍している)
断片的な知識の数が増えて、その中で模索していた。
ギターが難しいのはリードにまかせてボーカルをやった。
※数少ない貴重な写真をベース君がアップしていたけど、ギターは弾いてないw
楽しかった。それでもラクダはラクダだった。
なぜなら、自分のギターを録音してみて、思うのだ。
「弾けているつもりが、弾けてない」
結局、この時期あたりから上達しない時間が長くなる。
いわゆる「壁」。
ギター始めてFが弾けないのも「壁」だけど。
それは2週間もがんばれば、なんとか弾けるようになる。
ソロが弾けないのも「壁」。
でも弾けそうだと思うカンタンなものは、なんとか弾けるようになる。
ところが、入門者から初心者を過ぎると、壁の大きさが見えない。
練習して「弾けるようになった」→録音して「聞いてがっかり」
小学1年生のピアノの発表会みたいだ。
楽譜をちゃんと間違えずに弾いているのに、、弾けてない。
毎日同じフレーズを練習する。それでもリードギターの奴みたいには弾けない。
なんだ?どうすればいい?
わからない。孤独。自己嫌悪。
才能がないのか。素養がないのか。
【本格的なラクダ】
高校1年の終わりに短期のバイトとお年玉を抱えて、ギターを買いに行った。
grecoのEG-700というレスポールモデル。
※この写真はネットからもってきたものです。実際の私のはこの色でしたが、ハムがオープンではなく銀色テカテカなやつでしたw
これに付録で付いてきたのがこの教則カセット。
これは本当に役に立った!故成毛先生!ありがとうございました。
今でも教則本としてよかったのはコレだけだと思っている。
エレキギターの大事な基本がたくさん入ってた。
これでずいぶんと練習した。
後ろの席のギター君もコレで練習したと言ってた。
それでも。まだまだ砂漠だった。
結局 2年になっても3年になっても、ギターを抱えて歌う人で終わった。
「壁」が大きくなると、自分が上達しない時間が長くなって、つまらなくなる。これがまさにラクダ。360度砂漠の景色に囲まれて、ただただ歩く。
ニーチェさん、この例えはすごいわw
そのまま大学へ。
大学の軽音楽サークルにはとんでもなく上手いギターの奴が何人もいて、教わりたくて仲良くなる。とは言え、こっちは下手。あまり時間をかけて相手にしてくれない。ましてやバンドもいっしょに組まない。
でも気のいいギタリストから何度かアドバイスももらった。
中でもT君はダントツにうまかった。
そして、いつも明るく楽しいギターを弾く。
【T君から教わったこと】
ある日、T君がクリームのクロスロードを言う曲を弾いてくれた。
Eric Clapton/Cream -"Crossroads"- Guitar (SOLO) Lesson #6 with Chelsea Constable
※この動画の女性もかなり上手い!(まぁT君はもっとニコニコ弾いてたけど)
ギター1本で。イントロの途中からのギターワークがすごい。
ベースもドラムもいない。ただただエリックのギターを弾く。
歌のところは1コーラスだけ。そこからまたギターソロ。
脳内再生でベースやドラムのリズムがわかる。曲が伝わってくる。
(はぁ・・。弾けるというのはこういうことだ)
覚えたての「グルーヴ感」という言葉の意味もなんとなくわかった。
1人の時にどんな練習をしているか聞いてみた。
ゆっくりとスケール練習。好きなギタリストのコピー。
お、、同じ?!
ただ、彼はスケールをいくつも使っていた。
「いろんなスケールあるけどさ。お!?かっこいい!ってのはペンタだな」
うーん。。
間違ってない。間違ってない。間違ってない。
このまま練習を続けていけば、T君のようにグルーヴ感あふれるギターを奏でることができるんだろうか??いやできるんだろう。。しかし、差は歴然。。
それから彼はカンタンなコード進行を私に弾かせた。
それに合わせてギターのアドリブを弾いて遊んだ。
すごかった。どんなテクニックだとかそんなことはどうでもいいくらい。
そんなT君とは何度も遊んだ。
ちょっと弾きなれないコードについても教えてくれた。
9th、11th、dim、aug・・。
どんな曲のどんなところで使われているか?もヒット曲を例に弾きながらわかりやすく教えてくれた。
(よく覚えているのは矢沢永吉の「時間よ止まれ」の歌いだしでのaugとか)
彼の口癖は「自分のアドリブのフレーズは歌いながら弾くこと」
「その歌がいいメロディだったら、スケールなんてどうでもいい。何度もコード進行を聞きながら歌うんだよ。」
ジョージ・ベンソンが実際に歌いながら弾いているのもT君の部屋で聞いた。
George Benson - On Broadway - LIVE
後にも先にも、私がギターをちゃんと教わったのはこのT君だけ。
大学在学中にT君はプロのスタジオでギターの仕事を少しやっていたと聞いた。
でも「ギタリストになろうなんて思ってないよ。やりたいことできないから」とずっと言ってた。
芸能プロに所属しているかわいい彼女とソファーでイチャイチャしながら。
間違っていないと確信しても、なかなかギターはうまくならなかった。
結局、大学時代はギターを弾きながら歌う人で終わった。
(続く)
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